澄田さんは綴りたい®︎

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『“当たり前”のありがたさ』アニガサキ2期1話感想 +生存報告

 初めまして。初めてではない方はお久しぶりです。

 この記事を見たな?これでお前とも縁が出来た。澄田兼鈞と申します。

 

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のアニメこと、アニガサキの2期がついに始まりました。

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 1期の10人からメンバーが増え、13人になった同好会。原点となったスクスタのシナリオは賛否両論で、自分も含めて不安を抱えていた人も多いことでしょう。しかし、結論から言うと第1話は面白かったです。今回はその面白いと思った部分や気になった部分をピックアップしたいと思います。

 

1.ランジュのキャラ造形

 アニガサキ2期で登場した追加メンバーの鐘嵐珠(以下ランジュ)。彼女は1期のスクールアイドルフェスティバルの映像を見て、香港から虹ヶ咲にやってきました。なんと、2期の歌唱パートのトップバッターも務めており、実質的な準主人公と言えるでしょう。

 同好会に顔を見せたものの、価値観の違いから結局入部を撤回することに。

 スクスタでのランジュは同好会のあり方を否定し、自分の方針に従わせようとしていました。その上自分の勢力下に入れば、彼女が認めない限りバックダンサー扱いという理不尽な条件を突きつけ、従わない者は監視委員会(いわゆる秘密警察)で弾圧してきました。アニメのランジュはスクスタ時代とは打って変わり、侑達のスタンスは否定せず、あくまで自分のやり方でスクールアイドルフェスティバルに挑むことを示しました

 侑の方も、自分のやりたいことは皆の応援であり、皆からもらった夢を皆の元で形にするとハッキリ伝えられたのも良かったと思います。

 妨害工作や嫌がらせはなしに、気持ちの良いライバル関係を1話で示すという点においては、アニガサキ2期1話はお手本のような話であったと思います。

 また、ランジュが同好会には合流しない方針を取ったことで、1期とは違うゴールの形を期待できそうです。

 

 ランジュが今回披露した『Eutopia』もEDM調でノリが良い曲でした。

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2.栞子やその他

 アニガサキ2期で新しく増えたキャラの1人で、三船栞子も登場しています。ランジュとは幼馴染です。ここではあえて多くを触れませんが、自分はこのキャラに苦手意識が強く、スクスタを辞める理由の一つになっています(このブログの読者ならご存知の方も多いでしょうが)

 第1話を見る限りでは、人物像の掘り下げが殆どないので評価がしづらいです。この時点では、ランジュに会ったときは幼馴染にしてはリアクションが薄い、感情を表に出さないというよりは感情そのものを感じ取りづらいという印象でした。「東京リベンジャーズ」の万次郎と場地も幼馴染でありながら不仲だったので、幼馴染だからといって必ずしも仲が良いとは限らないのでしょう。

 個人的には追加組で、栞子の毒抜きが製作陣の一番苦労した所であると思います。スクスタではディスティニー・プランの様な適性至上主義、家族問題におけるスクールアイドルへの逆恨みなど、根幹を成す部分が毒そのものでした。彼女については、根幹の設定も含めて今後が気になるところです。

 追加組最後の1人ミア・テイラーも同様で、1話の時点では人物像の掘り下げはありませんでした。彼女は他の2人と違い、原点からの毒抜きは最小限で良いと思います。しかし、彼女は高校生にして世界的な作曲家という設定です(なぜそんな厨設定に?)。侑が作曲するメリットを損なう可能性も考えられました。蓋を開けてみれば、バディであるランジュが同好会に合流しなかったため、侑が喰われる心配はなさそうです。

 その他のメンバーは、皆変わらずにいてくれて、安心感がありました。

 

3.余談

 最後にこちらをご覧ください。

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 第二回スクールアイドルフェスティバルの告知映像でチュッパチャプスを振り回す中須かすみ。「アメノフル」というジャンプで連載されていた漫画を思い出しました。

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 可愛いキャラデザ、魅力的なキャラメイク、秀逸な台詞回しなど美点はありました。菓子でバトルをすることと作者の目指したコメディ路線が噛み合わず、打ち切りとなった惜しい作品です。地味に好きな漫画でした。

 

あとがき +生存報告

 今回はアニガサキ2期1話の簡単な振り返りをしました。他の人も指摘していますが、スクスタのシナリオを大幅に毒抜きした内容となっております。

 キャラにヘイトを溜めない工夫、見てて気持ちの良い工夫など、良い方向に様々な工夫がなされています。『これくらいできて当たり前』と思う人もいるでしょう。自分もそう思います。しかし、その『できて当たり前』が思っている以上に難しいものであり、ありがたいものではないかと思います。まして作者のやりたいこととそれを擦り合わせるとなれば、尚更難しいことです。

 良くも悪くもスクスタありきの代物であることは認めます。それを承知した上でも、アニガサキスタッフには感謝したいです。

 

 さて、ブログの方は約4ヶ月ぶりの更新になりました。きちんと生きています。

 肝心のアニガサキ2期の感想は、放送終了後の総括が次になると思います。

 

 それでは、今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

『絆で繋がる“century”』-仮面ライダー・ビヨンドジェネレーションズ感想+α

 初めまして。初めてではない方はお久しぶりです。タマモクロス実装で歓喜する一方で石が足りなくて困ってます、澄田兼鈞と申します。

 今回は仮面ライダー・ビヨンドジェネレーションズ」の感想を語っていきたいと思います。

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 本作は仮面ライダーシリーズ恒例のクロスオーバー映画で、現行の「仮面ライダーバイス」と前作「仮面ライダーセイバー」が主役となります。

 それと、個人的な話になりますが、ここを逃すと機会が無さそうなので、バイス本編の感想も軽く書いていきたいと思います。

 前置きはこのくらいにして、本文に移ります。当然ながら、ネタバレ注意です。

 

目次

 

1.今作の主役、「仮面ライダーバイス」ってどんな作品?

 早速冒頭およびタイトルの回収をいたします。この機会を逃さぬうちに、「仮面ライダーバイス」本編の感想を書かせてください。

 作品の概要は、銭湯経営者一家の長男・五十嵐一/仮面ライダーリバイが、自分の心から生まれた悪魔・バイス/仮面ライダーバイスと契約し、悪魔崇拝集団デッドマンズと戦うお話です。そこから更に、悪魔退治を請け負う組織・フェニックスと協力し、家族共々デッドマンズとの戦いに身を投じていきます。

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 筆者がこの作品をどう思っているのかというと、『面白い』です。ストーリーはまだ序盤ですが、毎週楽しみにしています。マスコット的存在であるバイスやラブコフの可愛さ、一輝達やデッドマンズの掛け合い、一輝とバイスのコンビ戦術が見ていて楽しいと思います。

 主人公の一輝は家族想いな好青年ですが、その一方で自他共に認めるお節介であり、他者の気持ちを推し量る能力に欠けている部分があります。一輝のそういった性格のために、最初の頃はストレスを溜めることもありました。その態度が災いし、彼の弟・大二(仮面ライダーライブ)から悪魔カゲロウが生まれてしまうことも残念なことに納得してしまいました。

 あるとき一輝は、敵怪人から『人の気持ちが分からないんだろ』『お前は日本一のエゴイストだ』と言われてしまいます。このときの台詞で、『作中できついと感じていた描写は考えて行われていたものなのだな』と一周回って好感が持てるようになりました。一輝には申し訳ないですが、このシーンでリバイスにおける見ててきついと感じた要素も含めて面白くなってきたと思います。

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 また、一輝自身もバイスという強力な悪魔を知らないうちに生み出していることから、何か心に闇を抱えていることは間違いないでしょう。一輝の相棒バイスも、無邪気な性格な一方で、人を食べようとしたり、他人に悪魔召喚を勧めたりするなど、『悪魔はあくまで悪いやつ』を地で行く今ひとつ信用の置けない人物です。生みの親である一輝のことが好きで、彼のサポートは喜んで行いますが、その一輝に対しては『家族は5人もいるんだから自分が命を投げ出して助ける必要はない(意訳)』、『一輝はお節介なままでいい』などと言葉をかけることもあります。これらの台詞がバイスなりの良心なのか、それとも一輝を堕落に導こうとする悪魔の囁きなのかわからない怖さがあります。それがストーリーに緊張感を与えていて、リバイスの面白さを引き立てていると思います。

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 リバイスの登場人物は、一輝を筆頭に歪な性格のキャラが多く登場します。温厚ながらも卑屈な弟・大二、正義感は強いが当事者意識に欠ける発言が目立っていた妹・さくら(仮面ライダージャンヌ)など、精神性が幼くも個性豊かな面子が揃っています。一輝達の両親も、家業の銭湯を顧みない態度が見られるなど、不穏な部分があります。そんなキャラ達が葛藤し、悩みながらも一生懸命戦う姿こそが、リバイスの見所の一つです。一輝も『人の気持ちがわからない』と言われてはいるものの、大二やさくらとの絡みを通して成長している様子はきちんと見られるため、好感が持てます。

 また、さくらの変身ベルトの出所や、第1話の式典襲撃の裏側など、『脚本の人は深く考えていないだろうな』と思われていた部分が後になって理由づけがきちんとなされていたとわかる展開も、今までのライダー作品の傾向からは珍しい作劇だと思います。

 映画でコラボするセイバーについては、以前書いた記事の方をご覧ください。

『物語の結末は、まぁいいでしょう』-仮面ライダーセイバー感想・総括 - 澄田さんは綴りたい®︎

 リバイス本編の感想はここまでにして、映画の感想に入ります。

 

2.ビヨンドジェネレーションズ・感想

①実質、新番組「仮面ライダーセンチュリー」

 今回の映画は仮面ライダーセンチュリーというキャラクターが目玉になりました。ネタバレになりますが、センチュリーは百瀬龍之介とその息子秀夫2人で1人の仮面ライダーに変身した姿です。

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 センチュリーは50年後の未来を支配する悪魔・ディアブロに対抗するためにジョージ狩崎が作ったライダーですが、変身には同じ遺伝子を持つ2人の人間が必要になります。しかし、変身者同士の信頼関係がなければセンチュリーを制御できません。百瀬親子はとある出来事で関係が壊れており、本作はそれを取り戻すまでの話が縦軸になります。故に、百瀬親子を好きになれるかどうかでこの映画の好き嫌いがはっきり分かれると言ってもいいでしょう。筆者は嫌いではありません。

 百瀬龍之介はかつてショッカーに研究員として勤務しており、様々な改造人間を生み出していました。しかし、後の仮面ライダー1号本郷猛に『科学は人を幸せにするためにある』と諭され、自分の過ちを悔やみます。その後、ショッカーから逃げ出そうとしたときに捕縛され、ディアブロスタンプの実験台にされたことで未来に飛ばされてしまいます。息子の秀夫とは、一緒に新幹線に乗る約束をしていましたが、それは叶わぬ夢となりました。この出来事で秀夫は龍之介を恨みました。龍之介自身も、仮面ライダーセンチュリーとして未来を守るための戦いに巻き込まれてしまいます。

 この親子の仲直りまでの展開は、かなり典型的な筋書きであったと思います。ただし、龍之介だけが過ちを悔やんでいるだけでなく、秀夫が古い新幹線の切符を今でも大切に持っていることから、完全に龍之介を見放しているわけではなかったことはきちんと伺えました。また、秀夫は大人になってから新幹線の整備士になっています。龍之介と仲直りするときの会話で、自分が整備した新幹線の話をしていたことから、その新幹線にいつか父と共に乗りたいという気持ちもあったのでしょうか。そして、龍之介が『好奇心に抗えず家庭を顧みなかった父親』から、『子供たちの未来を守るヒーローにして父親』へと覚醒していく様子は親子の役者さん達の熱演も相まって胸が熱くなりました。秀夫の息子で龍之介の孫に当たる新一を予め登場させていたことも、龍之介の台詞に説得力を持たせていたと思います。

 2人が絆を取り戻して変身した仮面ライダーセンチュリーは、リバイやセイバーが突破出来なかったディアブロのバリアを難なく破るなど、対ディアブロ用に作られたライダーに恥じぬ活躍を見せました。一方で、センチュリー単体でディアブロと戦うシーンは少なかったと思いました。

 この百瀬親子は、リバイスのテーマである『家族愛』とセイバーのテーマである『約束』を引き継いでおり、そこは見事だと思いました。

 

②「リバイス」サイド

 続いて、リバイスサイドの感想に移ります。お節介ながらも熱い男、五十嵐一輝が今回も活躍します。

 サブキャラでは、50年後もライダーシステムの開発を行なっているジョージ狩崎が活躍しました。デッドマンズの三幹部も、ディアブロ復活のために暗躍します。他のキャラは尺の都合上あまり出番がありませんでした。

 本作のボスを務めるディアブロは、デッドマンズが復活を目論んでいる悪魔の始祖・ギフの親戚に当たる存在だそうです。しかし、ディアブロについてはあまり掘り下げがなされておりませんでした。強い怪人であることは伝わってきたものの、物足りなさを感じました。リバイス視聴者としてはディアブロとギフの関係が気になる所でもあっただけに、尚更そう思います。他にも、ディアブロの配下としてデッドマンとは異なる悪魔のクリスパーが5体登場しましたが、彼らの掘り下げも薄かったです。

 大方、センチュリーにリソースを割いたために敵の掘り下げを行う時間があまり取れなかったのでしょう。リバイスもまだ序盤であるため、本編での描写に期待したいと思います。

 

③「セイバー」サイド

 リアルタイムで視聴しながらも、個人的には振るわなかったセイバー。今回の映画では今までのレジェンドよろしく、一輝達に先輩ヒーローとしての姿勢を見せてくれました。ただし、主要メンバーとして話に絡んでいたのは神山飛羽真/仮面ライダーセイバーと、新堂倫太郎/仮面ライダーブレイズの2人でした。やはりライダーの人数が多すぎることもあって、約1時間の映画では他のキャラはちょい役になりがちだったと思います。

 ただ、バイス、大二、さくら、飛羽真、倫太郎が未来に移動したときに、飛羽真がバイスを諭したシーンはとても良かったと思います。バイスは『未来にある龍之介の本体を守る』という一輝との約束を破って悪魔の側につこうとしていました。そこで飛羽真が『約束は破った方が苦しいんだぞ』と諭します。幼馴染との約束を守れずに、自分にも相手にも苦しい思いをさせた飛羽真の経験が活きた台詞であると同時に、バイスの成長を促す台詞であったと思います。ただし、悪魔であるバイスの良心に訴えかけようとする飛羽真の行動力はある意味素晴らしいとさえ思いました。リバイスの悪魔は、カゲロウやラブコフがそうでしたが、人間の認めたくない弱さや心の闇を体現した存在という側面もあると思います。そんな存在の一つかもしれないバイスの善性を信じた発言は、流石先輩ライダーといったところでしょう。

 

④その他

 本作は仮面ライダー50周年記念作品という側面もあります。そのために、ショッカーの存在についても触れられたのですが、この話がなくても、リバイス、セイバー、センチュリーだけでも話を回せたのではないかと思います。ショッカーも悪魔のスタンプ(ディアブロスタンプ)を持っているためにフェニックスとは少なからず因縁があったことが描写されていましたが、本編ではあまり掘り下げられないでしょう。

 センチュリー、ディアブロ、アニバーサリー要素と、やりたいことが多すぎて消化しきれていない様子が見られました。

 本郷猛のシーンも、今回演じた藤岡真威人氏の演技は素晴らしかったですが、『50周年だからとりあえず入れよう』という雰囲気が感じられました。藤岡真威人氏には、またいつか仮面ライダーシリーズで演じる姿を見てみたいです。

 それから、レジェンドライダーの扱いで気になるところがありました。クローンライダーなる存在を未来の狩崎が作っており、それをバイス達が変身することで使用するという試みは面白いと思いました。銃撃戦タイプの仮面ライダーバルキリーに近接戦を得意とするさくらが変身したときなどは面白かったです。ただし、ユーリ/仮面ライダー最光がエグゼイドのムテキゲーマーに変身したときにあっさり負けていたことは気に入りませんでした。エグゼイド本編でも、永夢以外ムテキゲーマーを使いこなせないことが描写されていたので、コピーでも同じだったのでしょうか。

 気になるところはこのぐらいでした。

 

あとがき

 本作の評価をまとめると、このようになります。

  • 仮面ライダーセンチュリーの話としては良い
  • セイバー組が先輩らしく活躍しているのも良い
  • バイスは相変わらず可愛い
  • ディアブロ服従を誓うアギレラ様にはそそる(すみません)
  • ディアブロとデッドマンズの関係は掘り下げ不足
  • アニバーサリー要素とセンチュリー、リバイス本編の要素と、やりたいことが多すぎて消化不良気味

 

 ゼロワン、セイバーと、筆者の中での令和ライダーは振るわない印象ですが、リバイスには健闘して欲しいと思います。

 

 それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

『Liella!達の戦いは、まだまだ続くぜ!!』ラブライブ!スーパースター!!総括

 はじめまして。はじめてではない方はお久しぶりです。澄田兼鈞と申します。

 ラブライブ!シリーズ4作品目のアニメとなるラブライブ!スーパースター!!が最終回を迎えました。本作では、原宿、青山周辺を舞台に、スクールアイドルグループ・ Liella!の活躍を描く物語です。

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 そんな「ラブライブ!スーパースター!!」の個人的な感想ですが、結論からいうと今ひとつ乗り切れませんでした。全話通しても『面白い』という評価はしづらいです。一方で、主人公の澁谷かのんの物語としては良かった部分も多いと思いました。

 色々かいつまんでいますが、細かい感想は本文に書いていきます。前置きはこのくらいにして、本題に移ります。

 

目次

 

1.ストーリー展開全般

1〜3話

 「ラブライブ!スーパースター!!」のストーリーは、主人公の澁谷かのん結ヶ丘女子高校の音楽科に不合格となったところから始まります。ちなみに結ヶ丘は、神宮音楽学校の流れを汲む新設校で、音楽に力を入れる方針を取っています。

 話をかのんに戻します。彼女は高い歌唱力を持つものの、『人前で歌えない』という弱点がありました。ラブライブシリーズに限らず、多くの作品で主人公が挫折を味わう展開はストーリーの山場で多く見かけるだけに、最初からブーストがかかっていると思いました。また、かのん自身がそのように挫折からスタートする主人公であったことも、シリーズとしては新しい切り口でした。

 そんなかのんの歌声に魅せられた唐可可が、準主人公のポジションにいながらも主役チームの発起人としてかのんを導く構図も面白かったです。かのんと可可が2人でチームを組み、代々木のライブに挑んだ第3話は、話の好調なスタートを切れたと思います。人前で歌うのが怖くても歌うことを諦めたくないかのんと、かのんのことを肯定し共に歩んでくれた可可の関係性を丁寧に掘り下げた名エピソードでした。その他にも、本人曰く親に言われるままに生きていた可可がスクールアイドルに憧れを持つ理由がしっかりと描かれていたことも良かったと思います。

 音楽科入学という閉ざされた進路とは別で好きな歌を歌うという切り口は、歴代の作品と比べてみても多くの人が感情移入しやすかったでしょう。また、主人公の挫折からの再起というテーマは、多くの作品ならばクライマックスの展開でよく見る流れだと思います。その展開を序盤に持ってきた「スーパースター!!」第3話のパワーは凄まじいものであり、これからはどんな怒涛の展開が待っているのだろうと先の話が楽しみになりました。

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4〜8話

 第4話以降は、元子役の平安名すみれ、ダンスが好きなかのんの幼馴染嵐千砂都、生徒会長葉月恋といったメンバーが加わっていきます。また、恋の加入するまでの話の途中途中で、結ヶ丘が音楽科を贔屓している体制なども強調されていきます。同時にここから先の話で、筆者が乗り切れないと思った点が増えていくことになります。

 第4話のすみれ加入回は、センターを我が物にせんとするすみれの野心家な部分と、『センターが欲しいなら奪いにきてよ』と彼女を焚き付けるかのんの台詞回しが見事だと思いました。同時に、今までは自信がなかったかのんがグループのセンターとして期待されていることを通して成長した良い回だと思いました。

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 第5話は、本作のライバル枠であるサニー・パッションとの交流が描かれました。そこでかのんがメンバーの聖澤悠奈との会話を通して、うっすらと『みんなのために歌うこと』を意識し始める部分は、最終回の伏線となりました。

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 第6話ではついに幼馴染の千砂都がチームに加わりますが、この時の展開にはついていけませんでした。千砂都は幼い頃、いじめられていたところをかのんに助けてもらい、以降彼女の隣に立てるくらい強くなろうと決心します。そこで、かのんが歌を極めるのに対して自分はダンスを極めようと思いました。そして、ダンスの都大会で優勝できなければ学校を辞める覚悟まで決めていました。大会の結果は優勝。千砂都としてはかのんの隣に立てるくらいの強さを得られたのでしょう。しかし、このとき千砂都は結ヶ丘の音楽科に籍を置いていましたが、スクールアイドルを始めるにあたって普通科に転科しました。

 千砂都が転科する展開には共感できませんでした。部活動や習い事と違って、学校の学科選択はその人の人生を左右しうる選択であるはずです。それを他人ありきの理由で選んでいた挙句、用が済んだらそれでおしまいという思考についていけませんでした。何より、幼少期から高校生までダンスを続け、大会でも優勝できるくらいになっていた千砂都が、かのんのことを抜きにしたダンスへの愛着はなかったのかと思いました。加えて、「スーパースター!!」はスクールアイドルを通した音楽科と普通科の融和を描くと思っていたらそうではなかったのかとも思いました。第4話まで、チームに入っていなくてもかのん達のダンスの面倒を見ていたこともあり、尚更そう思いました。また、アニメ化前からダンスが好きなことを売りにしていた千砂都が、そのダンスのために入った音楽科を辞めてしまうのは彼女のキャラ付けを減らす行いでもあるように見えました。その他にも、第6話のみとはいえ音楽科時代に同じ音楽科の恋との絡みがありました。もし千砂都が音楽科に籍を残していれば、恋の加入にも重要な役割を担えたと思います。それができていれば、μ'sにおける東條希に近いポジションのキャラになれた可能性があるだけに、もったいないことをしました。音楽科の生徒は普通科の部活動に入れないという決まりがあるならまだしも、それもなく『スクールアイドルに専念したい』という理由で普通科に移ったことは納得し難い展開でした。

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 ここまでなら、あくまで方向性が肌に合わない作品印象でしたが、第7話以降ではそうもいかなくなります。

 第7,8話を通して、最後のメンバー葉月恋が加入しますが、その過程は手放しで褒められないものでした。彼女は第1話からかのん達の活動に反対しており、度々非難する言動が目立ちました。それでも、目立った妨害工作や禁止などは行っていません。ただし、後程触れる『文化祭を音楽科メインにする』という発言は普通科の部活動には痛手であり、その普通科に属するスクールアイドル部にとっては間接的な妨害と言えるでしょう。

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 恋は7話で『普通科と音楽科が手を取り合う学校を作る』として生徒会長に就任しました。会長挨拶にて『文化祭は音楽科をメインにする』として公約を反故にし、普通科の生徒からは総スカンを喰らいます。恋がスクールアイドルに反対する理由を知りたいかのん達は、彼女から事情を聞きました。結ヶ丘の創始者である恋の母は既に故人であり、学校の経営も苦戦しているというものでした。だから恋が母の遺志を受け継ぎ、学校を切り盛りしていかなければならないと気負っていました。しかし、その背景に対して、恋が公約違反を行ったのは彼女の志に反する行いであるはずです。音楽科をメインに据えたがるのは何か理由があるはずだと筆者は踏んでいましたが、それが明かされることはありませんでした。スクールアイドルについては、恋の母も似たような活動をしていましたが、そのことを恋には一切話さずにいました。それ故に母がスクールアイドルをやっていたことを後悔しており、かのん達にも同じことをして欲しくないというとばっちりも良いところな理由で反対していました。目立った妨害こそしていないものの、理不尽かつ幼稚な理由に見えます。結局、恋の母はそんなことは思っておらず、恋の勘違いだったと母の手記から明らかになりました。一応、会長挨拶での振る舞いも許されたことになりましたが、思考がついて行きませんでした。加えて、音楽科と普通科に溝がある設定も、序盤のかのんのキャラ付けにしか役になっていないと思いました。また、結ヶ丘の経営難という今までのシリーズの廃校阻止に近い要素が加わったことにも思うところがありましたが、そちらは別の章で触れます。第7,8話は、恋の加入までの流れに共感できないことと、余分に感じる設定が多かったことがノイズになっていたと思います。

 そもそも、結ヶ丘という学校そのものに、守るべき理由が個人的には見出せませんでした。神宮音楽学校の名残もあって普通科を冷遇する体制、それによる学科間の対立もあり、学内の雰囲気も良さそうには見えません。その花形たる音楽科も、劇中で『結ヶ丘で1番成果を上げているのは普通科のスクールアイドル部だ』と言われるくらい立場を疑われる役回りになっています。そして、結ヶ丘設立までの流れ自体が、葉月家や恋の身に降り掛かった悲劇のトリガーになっているという見方もできなくない辺り、尚更魅力的な学校とは言い難く思いました。

 

9〜12話

 葉月恋を加えたかのん達は、グループ名を『Liella!』に決めました。ここからの話は、3話までほどではないにせよ、評価できる描写も増えていきました。

 第10話からは、ラブライブ大会に向けて話が動いていくことになります。予選ですみれがセンターを務めることとなりましたが、そこで一悶着ありました。すみれ自身は第4話でも触れられたように子役時代も主役を射止めることができないくらいオーラがないとのことでした。それがスクールアイドルでも尾を引いているという話でしたが、すみれ自身がLiella!内でもパフォーマンス力が高いことが描写されていただけに、『体良くすみれを扱き下ろす描写』に見えてしまいました。Liella!内でもすみれセンター撤回を仄めかす台詞があったことも、その印象を強めていました。ただし、可可がスクールアイドルで結果を残さなければ帰国しなければならないことを知ったすみれが、『私がセンターでは勝てない』とストイックにスクールアイドルに向き合っていたところなどの評価できるポイントもありました。それまでスクールアイドルを侮る言動をしていたすみれを嫌っていた可可が、彼女の実力を認める場面なども良かったです。一方で、可可自身がすみれを馬鹿にする言動もそれまでに積み重なっており、彼女の印象回復には今ひとつというところでした。

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 第11話は、かのんの母校である小学校で歌って欲しいという依頼がLiella!の元に届きます。そこはかのんが初めて歌で失敗した場所であり、彼女のトラウマになっていました。それ故千砂都が、かのん1人で歌わないと彼女は前に進めないとし、小学校ではかのん1人で歌わせる提案をしました。

 千砂都の提案は荒療治にも程があり、最終的に上手くいったのもあくまで結果論過ぎないとは思います。しかし、『今は1人じゃないから大丈夫』ではなく、『(歌が好きだった)あの頃のかのんちゃんがいるよ』とかのん自身に彼女を救わせる台詞回しは見事だと思いました。ラブライブシリーズだけでなく、チームで歌う作品全般としても珍しい切り口です。まさしく「スーパースター!!」のコンセプトである『私を叶える物語』を体現していたストーリーです。

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 そんな「スーパースター!!」も、第12話と今までのシリーズよりも早めな最終回を迎えます。このとき、第7,8話で引っ張った学校の経営問題が恋の『お父様が寄付してくれた』、『入学希望者が増えた』という説明台詞で済まされたことはある意味驚きました。

 最終回でラブライブ予選にLiella!は負けてしまうのですが、そこでかのんは『応援してくれたみんなに何も返せなかった』と悔しがります。その前にサニー・パッションの2人から、『大会に出れば勝ちたいと思う理由がわかる』と言われており、まさに予選での敗退を通してその理由を知ったことになります。それまでは自分のために歌っていたかのんが『みんな』のことを意識し、みんなのためだからこそ勝ちたいという心境の変化が見られたところは良かったと思います。故に、「ラブライブ!スーパースター!!」は『澁谷かのん』という主人公を描く物語としては見事なものでした。ただし、敗北で終わる最終回の後味が良いかどうかは別問題です。それでも、続編はあるかもしれないので『Liella!達の戦いはまだまだ続く』といったところでしょう。

 

2.キャラクター描写全般

 「ラブライブ!スーパースター!!」では、今までのラブライブシリーズからは人数が減り、9人から5人になりました。9人体制では全てのメンバーを掘り下げるのに2クール必要な場合が多かっただけに、5人ではさらに深い掘り下げが見られると最初の頃は思っていました。しかし、実際は5人でもキャラの掘り下げの格差が多く、何より今までの作品が9人でやっていたことを5人に圧縮しているようにも見えました。加えて、主人公かのんの描写には力が入っている分、その他のメンバーの掘り下げが全話を通して浅く見えました。特に、第7話で可可が恋の対抗馬としてかのんをしきりにプッシュする態度や、第9話のグループ名決めを殆どかのんに押し付ける様子などに、それが顕著に表れていました。他にも、すみれ以降のメンバー加入でも、問題解決の美味しい部分をことごとくかのんが持っていく場合が多かったと思います。それ故に、星は星でも『1人の恒星と4人の衛星』のようにみえるパワーバランスと人間関係に見えました。かのん以外のキャラでは、初期から準主人公として登場していた可可や、個人回を2回もらえたすみれはまだ描写に気合が入っている部類でしたが、千砂都や恋には2人ほどの気合の入り方はあまり感じなかったと思います。

 特にすみれは、かのん達の振り付けをコピーするほどの実力を見せていたり、恋の公約違反に対してリコールを提案したりするなどの頼もしい描写がなされていました。にも関わらず可可からは攻撃的な言動を浴びせられ、第10話までは1.で述べた『体のいい扱き下ろし』で割りを食っていただけに扱いが良くないと思いました。

 恋は加入後は目立っている様子が少なく、ほとんどギャグ描写ばかりなされていたところも少し残念でした。そのために、Liella!内における彼女のポジションがはっきりしませんでした。

 一番目立っているかのんのキャラ造形も、最初の頃は挫折から始まって卑屈な面が強かったものの、4話からはカリスマ性のあるキャラとして扱われ始めました。そのため、今までの作品で例えるなら高海千歌のような比較的等身大の主人公か、高坂穂乃果のようにヒーロー然とした主人公を目指したいのかが個人的にはっきりとしませんでした。第1話冒頭の歌唱シーンも、『そりゃ大勢の前でギター持って歌っていれば目立つよね』と感じるくらいのものだったと思います。

 ライバルのサニー・パッションは、まともな歌唱シーンが描かれずにストーリー終了まで来てしまいました。Liella!が彼女達に負ける理由を納得のいくものにするためにも、話の途中で歌唱シーンは用意するべきだと思いました。

 

3.過去作ネタ全般

 「ラブライブ!スーパースター!!」では、過去のシリーズを意識した描写も多く見られました。第3話で初歌唱なのは本当にいつものことなので良いとしますが、生徒会長との対立や、学校の経営問題を繰り返すことは流石に引き出しが少ないのではと思いました。

 また、ストーリーでも過去作をなぞる流れが度々見られました。すみれがセンターを務めた第10話は無印2期の第5話、最終回は無印2期の第9話を連想しました。特に最終回の歌唱シーンは、無印2期9話で披露されたsnow halation(以下スノハレ)』を思わせる構図と演出でした。


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 これについての感想は、最終回こそLella!のオリジナリティを出して欲しかったと思いました。加えて学校経営難や生徒会長との対立など、今までのシリーズをなぞるような展開が多かっただけに、尚更そう思いました。

 本作における過去作を意識した描写の意図は何だったのでしょう。最終回の歌唱で『スノハレ』を意識した演出で敗北したことを考えれば、『μ'sや過去作の模倣をしているだけでは勝てない』ことを伝えたいという見方もできるでしょう。曲のタイトルが『Starlight prologue』なのも、つまりそういうことでしょう。個人的にはきちんとLiella!のオリジナリティを出して欲しかったと思います。1クールかけてその内容をやるべきだったかは疑問です。もしその意図があったとしても、既に「ラブライブ!サンシャイン!!」1期10話で『μ'sの背中を追いかけているだけじゃダメだ』という決意をAqoursがしていたことも頭をよぎります。つまり、無印どころか「サンシャイン!!」ともネタや方向性が被っているという見方もできてしまいます。それ故に、本作で見られた過去作を意識した要素がプラスに働いているとは思いづらいのです。嘘でもシリーズのアニメが4作品続き、虹ヶ咲という変化球も挟んでいながらそのような展開を行う意図は理解できませんでした。

 ただし、ストーリー展開全般の話でも触れたように、かのんの話としては良かったと思います。それはまさしく、「スーパースター!!」のオリジナリティの一つと言えるでしょう。

 

あとがき

 今回は「ラブライブ!スーパースター!!」の全体的な感想を書きました。良かった部分もありますが、乗り切れない部分の方が個人的には勝ってしまったという印象です。

 

 個人的に見た本作の良いところと気に入らないところをまとめると、以下のようになります。

良かったところ

  • 最初は自分たちのために歌を歌っていたかのんが最終回で予選に勝てなかったことにより、応援してくれる人達に応えたいと思った部分をゴールに据えたところ。『みんなで叶える物語』と『私を叶える物語』は案外両立すると思った。
  • 第3話までのかのんと可可の描写。
  • 歴代でもトップクラスの作画。ラブライブシリーズの売りである楽曲。

気に入らなかったところ

  • メンバーの加入などで問題解決の美味しいところをかのんが集中的に持っていく部分。
  • かのん以外のキャラの出番格差。
  • サニー・パッションの歌唱シーンがない点。
  • 千砂都の普通科への転科。
  • 第7,8話そのもの。最終回で説明台詞だけで済まされた結ヶ丘の経営問題。
  • 過去作を連想する要素が多めに散りばめられているが、それらがプラスに働いているように見えないところ。

 

 尚且つ、群像劇色の強い作風など、従来シリーズのいいところが大事にされていない中で過去作オマージュを行う展開もちぐはぐに感じました。

 

 ただし繰り返しになりますが、最終回のかのんの決意は個人的に良かったと思います。

 今までのラブライブシリーズは、『友情・努力・勝利』のシンプルに燃える3本柱を意識しつつも、『勝利』以上に『主人公達が過ごしてきた時間こそが大切なものだ』とする価値観を描いてきたと思います。また、それがこのシリーズの良さでもあると個人的には思っています。そんな中で、明確に『勝つこと』にこだわるゴールが描かれたのは、「スーパースター!!」が初めてであったと思います。そこは評価したいポイントです。ただし、筆者は不純な思考の持ち主であるため、『これがもしバトルものやホビーアニメなら、勝つことにこだわり過ぎればかのんは闇堕ちするだろうな…』と思いました。特にホビーアニメなら、『勝てなければ意味がない!』と言ってホビーの楽しさを忘れてしまったラスボスにもなってそうだなと思いました。嘘でもバトルスピリッツのアニメシリーズで、「少年激覇ダン」から「ブレイヴ」を地続きで作る上で心を失った主人公を描いたサンライズのことです。なので、そういう方向性の話も期待できなくはないです。同じラブライブシリーズでも、アニガサキ序盤の優木せつ菜のような例があるため、かのんにもそれに通ずる危うさがある気がします。それでも、勝ち負けにフォーカスするなら、サニー・パッションの歌唱シーンはやはりどこかで入れておくべきだったと思います。

 

 そして、唐可可の帰国問題はおそらく続編に持ち越されることとなりました。個人的には、13話目などでその話をやるかと思っていたため、肩透かしを食らいました。本当に個人的な好みの話になりますが、12話で予選落ちした後でも、13話で可可の帰国問題に決着をつけた方がカタルシスがあったのではないかと思います。そうすれば、可可の掘り下げもさらに深くできると思いました。

 ちなみに、サニー・パッションの2人はかのんに『大会に出れば勝ちたい理由がわかる』と言っていました。もしかしたら、最終回のかのんのような出来事が彼女達にもあったのでしょうか。2人は地元・神津島を盛り上げるために歌っていると言っていたので、重いものを背負っている気がします。そこも気になるところです。

 

 余談ですが、推しは平安名すみれになりそうです。可可は最初の頃は好きでしたが、続編での描写に期待しようと思います。

 

 それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

『約3分ほどで語る、平安名すみれ個人回』ラブライブ!スーパースター!!10話感想

 「ラブライブ!スーパースター!!」も10話に達し、1クールなら終盤に差し掛かるところまで来ました。

 第9話でかのん達がLiella!を名乗るようになり、第10話ではラブライブ大会に向けての予選が描かれました。話の内容は、予選の課題として『ラップ』が挙げられ、デビジョンラップバトルが開催されました(大嘘)。縦軸の話としては、メンバーの平安名すみれがセンターを担当する『ノンフィクション』が披露されると同時に、センター就任に向けて覚醒していく様子が描かれました。

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 子役時代に、実力はあるものの主役を射止めることがままなりませんでした。スクールアイドルの世界でもそれを引きずっており、ファンは愚か、同グループのメンバーからの評価もなかなかに苦いものでした。しかしすみれ自身は、他のメンバーが見えないところで努力していました。

 第4話でのスクールアイドルを侮った言動が許せず、すみれに絡むたびに喧嘩腰な態度をとっていた可可も、そんなすみれの様子をこっそり見てからは考え方を改めました。そして、そんな彼女こそ課題曲のセンターに相応しいと思い始めます。それまですみれを罵る言動も少なくなかった可可が、すみれが陰で努力をする姿を見て認識を変える所はよかったです。その気持ちの表れなのか、すみれがセンターで着る用の衣装まで作ってくれていました。

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 また、このとき可可が『ラブライブ大会で結果を出せなかったら故郷に帰る』ように言われていたことをすみれが知ります。そのために自分はセンターをやるべきではないと思っていました。すみれがすみれなりに本気でスクールアイドルをやろうとしていたことの表れでもあると思います。ことあるたびに『ショウビジネス』『ショウビジネスの世界で生きてきた私は』と発言していたことも、自身の経歴や実力に対する自信のなさの裏返しだったと思われます。

 そして、すみれと可可が和解するシーンにて、衣装に付属するティアラが風で飛ばされるシーンも悪くはなかったと思います。風で飛ばされたティアラをすみれがハイジャンプでキャッチするのですが、『ここで掴んだ栄光を今度こそ手放すまい』というすみれの強い意志を感じました。

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 披露された楽曲も素晴らしく、ストーリー終盤に向けて加速していく良い回だと思いました。可可とすみれがお互いに激しい感情をぶつけ合った上で和解するところも良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無印2期の星空凛回のマイナーチェンジらしいところを除けば。

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 個人回でフォーカスされるメンバーが自分に自信を持てず、特別に用意された衣装を着ることを通して自信を身につける過程は無印2期第5話に似た流れだと思いました。

 あまり過去作を引き合いに出すのは好ましくないと思う方も承知していますが敢えて書かせていただきましょう。すみれも凛も、背景は違えど今までの人生経験から自分に自信が持てない性格でした。すみれはこの記事で触れた通りなので割愛しますが、凛の場合は自分に女の子らしさがないと思っていたことが自信のなさの基でした。ただし、凛は自分自信の内面に起因するものであったのに対し、すみれはそれよりも他者からの評価に起因するものでした。だからこそ理由も凛と比べるとよりはっきりしづらいと思います。それ故に、無印2期第5話のように『自分を変える』ことを重視する文脈よりも、『他者の評価を覆すまで頑張る』という落とし所に持っていった方がカタルシスがあるのではないかと思いました。

 そもそもすみれのデザインからして、派手さやオーラに欠けるという設定が今ひとつ納得できない部分もあります。金髪碧眼、スタイルの良さ、その上で振り付けを耳コピできるパフォーマンスの技術の高さと来て、『華がない』というのは個人的に頭を抱えたい部分に見えてしまいます。故に、周囲のメンバーや他の人間の評価が、『体の良いすみれsage』にも見えてしまう気がしました。

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 加えて第10話では、他のメンバーから『重要な役どころを任されると遠慮しがち』と触れられていましたが、今までの話とは微妙に食い違う気がしました。例えば、街角のスカウト相手にも『主役じゃないなら誘わないで』と強気な態度をとって見せたり、第7話では自ら生徒会長候補に立候補して(賄賂を使ってまで)恋と戦おうとしていました。故に、本当は引っ込み思案だったことが他のキャラの台詞だけで説明されても納得しづらかったです。

 可可がすみれに対して攻撃的な態度をとっていたことについては、第4話ですみれが大好きなスクールアイドルを侮る発言をしたことを引きずっているためであったことがわかりました。しかし、一部の視聴者の間では可可の態度が賛否両論だったことがありました。個人的にも、『スクールアイドルに一生懸命な可可』を描写するにしてはかなりセンスがずれていたと思います。

 スクールアイドルを自信が目立つための手段と少し考えていたすみれは、おそらく『視聴者の間でヘイトを溜めやすい役どころ』だったというのが製作陣の見解なのでしょう。現実は、すみれがスクールアイドルを侮る言動よりも、可可がすみれを罵る言動の方がトータルで多いような気がしました。また、すみれ自身は可可本人には喧嘩を売っておらず、それどころか第5話では可可を助けてくれていた場面(料理が苦手な可可を手伝う)もあっただけに、尚更可可の態度が礼節を欠くもの見える視聴者もいたのでしょう。そもそもすみれ自身に、弄られ役を回されてもそれを帳消しにできるくらいのアドバンテージが第10話までなかったことも、2人のパワーバランスが悪く見える原因だったと思います。ひとまず第10話では仲直りしましたが、以上が一部の視聴者の間で可可の方が槍玉に挙げられていた理由だと思います。

 それから、可可以外のメンバーがすみれをセンターとして認めるときの心境も細かく描いてほしかったです。すみれの見えないところで彼女からセンターを変更した方がいいのではないかという意見まで上がっていただけに、より不完全燃焼に思いました。

 

 色々書きましたが、第7話以降の話としては良い回だったと思います。しかし、続き物である以上、前話、前々話の影響を無視できないことも現実です。すみれ自身への好感度も確実に上がりました。

 

 それでは今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

澄田さんは広めたい第7話『ウマ娘シンデレラグレイ』

 初めまして。初めてではない方はお久しぶりです。好きなウマ娘ライスシャワー、澄田兼鈞と申します。

 筆者が好きな作品を紹介する『広めたいシリーズ』も、第6話に入りました。今回紹介する作品はこちら。

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  ウマ娘 シンデレラグレイ

 

 美少女になった競走馬達の活躍を描く「ウマ娘」のスピンオフ漫画です。本作は、芦毛の怪物』の異名で知られ、現実世界でブームとなったオグリキャップの物語を描いています。現在、週刊ヤングジャンプで連載されており、次に来るマンガ大賞で2位にランクインしました(2021年現在)。

 シナリオはウマ娘のテレビシリーズと同じ杉浦理史氏、作画は久住太陽氏が務めます。企画はテレビシリーズのプロデューサー・伊藤隼之介氏が務めました。

 序盤は地方競馬をモデルにした笠松トレセン学園(レースで走るウマ娘の養成校)の話をやり、やがてトゥインクルシリーズでオグリキャップが活躍していく様子が描かれます。

 実は、過去にも当ブログでこの漫画を紹介しましたが、今回はより踏み込んだ紹介をしたいと思います。

シビアで苦い、だけど可愛い、ウマ娘の世界-「ウマ娘 シンデレラグレイ」 - 澄田さんは綴りたい®︎

 前置きはこれくらいにして、見所の紹介に移りたいと思います。

 

目次

 

1.あらすじ

 ウマ娘。それは、別世界の輝かしい名前を受け継いだ少女達。瞳の先にあるゴールを目指して、彼女達は今日も走り続ける。

 舞台は岐阜県羽島郡に位置する笠松町。そこでもトレセン学園があり、ウマ娘達が走っていた。しかし、中央ほど設備が整っておらず、輝かしい活躍をするウマ娘もいない。そのためにトレーナー達の士気も上がらない。そんな中、1人の少女が笠松トレセン学園に入学してくると、事態は一変する。彼女の名は…

 

2.キャラクター・設定

①主な登場人物

オグリキャップ

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『立って走る… それだけで、私にとっては奇跡だ。』

 ゲームをやっている方はご存知『芦毛の怪物』。本作の主人公。

 マイペースで純朴な性格。食事は大食いで、学園の食糧庫を切らすほど食欲旺盛。一方、レースでは人並外れた才能を発揮する。最初の頃は才能のままに走るだけであった。しかし、トレーナーやライバルとの交流を通じ、目標があるからこそ強くなれることや、他人の期待を背負って走る意味を学び、精神的にも成長していく。

 モデルは平成三強に数えられ、平成初期の競馬ブームの立役者となった名馬。現実世界で社会現象となった。

 

ベルノライト

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『なんで、そんなに走るの?』

 笠松トレセン学園の生徒。食堂でオグリに自分の食事を分けた後から、彼女と仲良くなる。実家がスポーツ用品店で、そこで培った知識を活かしてオグリをサポートし、彼女とは良き相棒同士になる。しかし、レースの資質はなく、その道は諦めた。

 元ネタは笠松時代にオグリと同期だった馬のツインビー。スピンオフのキャラでありながら、明確にレース以外の道を選んだ初のウマ娘になるという快挙を果たした。

 

北原穣

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『俺と一緒に、天下を取らないか?!』

 笠松トレセン学園に勤務するトレーナー。(またの名をキタハラジョーンズ。)スターになり得るウマ娘笠松にいないために、仕事のモチベーションが上がらない冴えないおじさん。夢は自分の教え子を『東海ダービー』に出すこと。

 学校の選抜レースでのオグリの走りを見て、彼女にスター性を見出す。そのままオグリをスカウトし、彼女のトレーナーとなる。本作ではオグリの活躍以外にも、北原の成長も物語の重要な要素となる。ある意味で本作のもう1人の主人公。

 

フジマサマーチ

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『貴様には、負けん!』

 笠松トレセン学園の生徒。真面目でストイックな性格。特待生であり、成績優秀。そのため、入学当初からトレーナー陣を始め、周囲の期待が厚い。

 デビュー戦でオグリと競争してから、彼女をライバル視するようになる。

 元ネタは笠松時代にオグリと同期だったマーチトウショウ

 

シンボリルドルフ

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『他の匹儔を許すな。我々の目指すべきは、常に頂点だ。』

 ご存知、無敗の七冠のレコードを持つ『絶対皇帝』。トレセン学園の生徒会長。本作ではすでに競技人生を引退しており、次世代のスターの誕生を待ち望んでいる。ゲームやアニメよりもシリアスな一面が強調されている。

 ある日、オグリのレースを目の当たりにし、それに感銘を受けて彼女を中央にスカウトする。しかし、それは栄誉なことである一方で北原にとっては夢を壊される誘いでもあり…。

 モデルの競走馬は、本家のテレビアニメ2期で主人公を務めたトウカイテイオーの父親にあたる。

 

マルゼンスキー

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『走ったレースに後悔はない。あたしはあたしにできるだけのことはやった。』

 ご存知、『スーパーカー』の異名を持つ大逃げを得意とするウマ娘。本作では競技人生を引退し、ルドルフの補佐をしている。おっとりとした優しいお姉さん。

 現役時代、とあるレースに出られなかったことを心残りに思っている。そのために今のレースの規則を疑問視している。

 モデルとなった競走馬はウマ娘化されているものの中で一番の古株。また、アニメで活躍したスペシャルウィークライスシャワーの祖父にあたる。

 

 

タマモクロス

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『おもろいやん。その顔、覚えとくで。』

 関西弁で喋る、明るく快活なウマ娘。オグリと同じく芦毛。偶然笠松を訪れたときにオグリのレースを見る。芦毛繋がりということもあり、その日からオグリに対抗心を燃やす。

 モデルになった競走馬は、中央競馬自体のオグリキャップのライバル。また、「みどりのマキバオー」のモデルという説もある。

 ゲームでも実装が望まれているが、なかなか実現しない…かに思われていたが、2021年12月、ついに育成ウマ娘として登場した(2021年現在)。

 

②用語・設定

トゥインクルシリーズ

 全ウマ娘達の憧れの舞台となるレースの総称。通称『中央』で、URAという組織が運営する。原作のゲームやテレビアニメの舞台となり、「シンデレラグレイ」でも途中からこちらに舞台が移る。

 

ローカルシリーズ

 トゥインクルシリーズとは違い、URA主体ではない地方のレース。現実世界の地方競馬にあたる。本作では現実のオグリキャップのキャリアの通りに序盤の舞台となる。

 

トレセン学園

 ご存知、日本ウマ娘レーニングセンター学園。レースで活躍するウマ娘の養成校。ゲームやアニメで主人公達が在籍している。

 地方でもウマ娘の学校が存在し、本作の舞台はそのうちの一つである笠松トレセン学園。当然ながら、トレセン学園の設備一つとっても中央と地方ではレベルが違う。

 

URA

 正式名称は、『umamusume race association』。トレセン学園のやトゥインクルシリーズの開催を行う組織。モデルはもちろんJRA

 

ウィニングライブ

 ご存知、レースで勝ったウマ娘がファンに感謝を伝えるために行うパフォーマンス。

 

3.シンデレラグレイの見所

①豪快な画風で魅せるレースシーン

 レースシーンが見所である部分は、他のウマ娘のコンテンツと共通します。シンデレラグレイは漫画であるため、止まっている絵としてレースシーンが展開されます。そのレースシーンも、久住氏の豪快な画風のおかげで止め絵ながらも迫力のあるものに仕上がっています。

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 また、レース中にウマ娘達が見せる鬼気迫る表情も、レースの迫力を際立たせています。

 

②苦くも熱いストーリー

 ウマ娘はゲーム、アニメ共に『友情・努力・勝利』の三原則を大事にしたスポ根であり、シンデレラグレイでもそれは健在です。

 シンデレラグレイでは、その他にも地方と中央の格差、躍進にも代償が伴いそれに無関心ではいられない様子などのシビアな面が描かれます。あまり細かく書くとネタバレになるので避けますが、特に笠松編のラストランは本作を象徴するシーンだと思います。

 

③時折見せるコミカルさ

 シリアスばかりではなく、コミカルなシーンもかなり用意されています。オグリキャップの天然な性格がギャグ展開に作用しており、作品の清涼剤になっております。

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 個人的には、オグリキャップが初のウィニングライブで盆踊りを踊るシーンで笑いました。

 

④シンデレラグレイ初登場のウマ娘

 本作では現実のオグリキャップと同期だったヤエノムテキサクラチヨノオーメジロアルダンシリウスシンボリが登場しています。彼女達はウマ娘としては、ゲームやアニメに先駆けての登場となります。


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 彼女達はまだアニメやゲームではあまりスポットを当てられておらず、大々的に活躍するのはシンデレラグレイが現在中心となっております。そのようなウマ娘達が登場するところも、楽しめる要素になっております。

あとがき

 今回は再び「ウマ娘シンデレラグレイ」を紹介させていただきました。

 ウマ娘が好きな人にも、ウマ娘を知らない人にもおすすめできる漫画だと思います。ぜひ読んでみてください。

 まだ、巻数は少ないですが(2021年現在)、これからのストーリーが楽しみです。

 それでは、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

とりあえず、これで良いだろ結ヶ丘『ラブライブ!スーパースター!!』7,8話感想

 初めまして。初めてではない方はお久しぶりです。アグネスデジタルが引けません。澄田兼鈞と申します。

 今回は「ラブライブ!スーパースター!!」第7、8話の感想を書きました。因みに、前回の感想以上に苦い感想を多く書いております。苦手な方は注意です。それでも、極力オブラートに包んだ文章を書くよう、最善は尽くしました。

 前置きはこれくらいにして、本文に移ります。

 

目次

 

第7話

 前回の第6話でかのんの幼馴染の嵐千砂都が音楽科から普通科に転科したところで、作品の方向性が自分の期待していたものからは外れ始めていると感じました。それ以上に、「スーパースター!!」の第7話は個人的に引っかかるポイントが散見されました。

 

1.生徒会長選挙とその後

 まずはサブタイトルにもあった生徒会長選挙とその後の展開についてです。生徒会長が不在だった結ヶ丘はついにその候補者を募り、まずは音楽科の葉月恋が立候補しました。しかし、恋は主人公・澁谷かのんらスクールアイドル同好会のことを快く思ってはおらず、仲間の唐可可は恋が生徒会長になれば同好会に危機が迫ると踏み、サスペンス映画の様な妄想までしていました。

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 そうなってはいけないと、かのんを対抗馬として推そうとしました。当のかのんは立候補したがらず、目立ちたがり屋な仲間である平安名すみれが名乗り出たため、彼女が恋の対抗馬になりました。

 ここですみれが出馬するにあたり、可可はそれを嫌がってひたすらにかのんを立候補させようとしていました。それどころか、すみれに対しては辛辣な言動が目立ちました。千砂都もそれを止める様子がなく、むしろすみれ弄りに加担していました。Twitterなどではこの様子について、『すみれ弄りが過剰過ぎる』という意見も見られました。すみれは第4話でも影が薄いことが触れられ、それがコンプレックスになっているのに、可可がしきりに弄りをやめない様子や、その可可は第6話の料理の場面ですみれに助けられていただけにすみれへの態度が礼節を欠いているという意見も見られました。加えて、過去作ですみれと似たポジションの矢澤にこ津島善子のように、弄られてもフォローできる材料が現在は足りていないことも指摘されていました。筆者はすみれ弄りの過剰さよりも、折角すみれが立候補しているのに可可達は素直に応援してあげないのかと思いました。まして、恋が会長に就任することで同好会に危機が迫ると思っているのなら、尚更真面目に応援するべきだったと思います。ただし、そのすみれも選挙で勝つべく、千砂都と協力して作ったたこ焼きで生徒を釣ったため、-20票のペナルティを課せられました。また、すみれ自身も何か政策を示した上で立候補した方が良かったと思います。

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 選挙は恋の圧勝、そのまま会長に就任しました。因みに恋は、会長選に臨むにあたって普通科と音楽科が手を取り合う学校を作る』という公約を掲げていました(ここ重要)。しかし、普通科の生徒の間では、『恋は普通科を見下している』という噂もありました。劇中でも普通科の生徒に辛く当たる描写が見られましたが、それはスクールアイドル同好会のかのん達だけに見られた態度であり、その他の普通科生徒にはどのように接しているかは不明です。ですが、第1,2話の台詞で普通科であるかのん達が『音楽』であるスクールアイドルを結ヶ丘でやろうとすることに反対寄りの態度をとっていたことから、『できるなら普通科は音楽に関係することをやらないでほしい』くらいには思っているでしょう。

 めでたく会長に就任したと思われる恋ですが、選挙直後の文化祭に向けた会長挨拶でとんでもないことをしでかします。公約では『普通科と音楽科の融和を目指す』と言っていた恋ですが、文化祭は『音楽科をメインに行う』と公約を反故にする発言をしました。

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 当然普通科の生徒からは反感を買い、かつての対抗馬だったすみれに至っては普通科内で恋のリコールを提案する始末です。この挨拶の前に、恋は理事長から来年度の結ヶ丘の入学希望者の数について教えられており(但し具体的な人数は現在不明)、そのことで何か思うところがあったのでしょう。挨拶当日も、挨拶文を読むのを途中で躊躇っていたため、好きで今の決定を下した訳ではないと思います。

 しかし、物語序盤からずっと、恋は母が作った結ヶ丘のために活動していました。何か複雑な事情があったとはいえ、今回の公約違反は恋の考えとは真逆の行動に他なりません。加えて、すみれの発言から普通科の生徒は音楽科の3倍いると判明しました。そう思えば、学校中の生徒の大半を敵に回す行いでもあります。音楽科の中でも、公約違反をした恋を不誠実に思う生徒は少なからずいるでしょう。そもそも、音楽科の人数が普通科よりも少ないのなら、尚更音楽科を贔屓して普通科を差別するメリットがありません。

 

2.まさかの廃校疑惑(廃校とは言ってない)

 1.でも触れた通り、恋はかのん達のスクールアイドル活動を快く思っておらず、かのん達もその理由を知りたいと思っていました。さらに、『学校のためを思えば(スクールアイドルは)無い方がいい』と、存在価値の否定までしています。そのため、かのん達はついに恋を彼女の実家まで尾行してしまいました。

 恋の家は大豪邸であり、とても裕福な家柄であることがわかります。かのん達は恋の家で、一冊のアルバムを見かけます。他人の家で勝手にアルバムを見る行為はデリカシーに欠けると思いますが、そこには今の結ヶ丘のような制服を着た女子生徒と、若かりし頃の理事長の姿がありました。加えて、恋に似た雰囲気の少女も写っていました。

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 しかし、大豪邸でありながらも、家にいるのはメイドと大型犬のチビ、それから恋の3人だけです。そのメイドも恋からは何故か退職金を渡されようとしていました。そして、尾行がバレて恋に見つかったかのん達は驚くべき事実を知ります。

 まず、学校の創始者である恋の母は既に帰らぬ人でした。ラブライブシリーズで故人の存在について触れたのは初めてです。だからこそ、恋は母の遺志を受け継いで学校を引っ張っていこうとしていたのでしょう。

 続いて、葉月家は現在財政が逼迫しており、学校経営も思うようにいかないとのことです。

 ここで結ヶ丘の設定をおさらいしておくと、『かつて廃校になった神宮音楽学校を地元の名士が買い取り、新設校としてスタートした』というものです。そのため、まず『新設校なのに経営難?』という疑問が浮かびます。但し、恋の台詞からは本当に結ヶ丘が存続の危機に瀕しているのか、あるいは葉月家が結ヶ丘の運営に携わるのが困難というだけなのかはわかりません。前者なら当初の資金繰りはきちんと考えられていたのか、そもそもそのような学校に銀行は何を思って融資したのかと疑問に思います。文部科学省も、きちんと仕事をしていたのか疑問に思います。後者なら理事長は何か対策をとっているのかという疑問が挙がります。もし結ヶ丘が明光義塾河合塾のような個人経営の企業ならば、経営者1人の財政難で経営が困難になることもわかります。当然そんなことはなく、結ヶ丘はれっきとした学校法人として設定されているのでしょう。過去作の音乃木坂や浦の星のような年数が経った上での廃校の危機ならまだ無理がないですが、新設校で存続の危機というのは設定として無理があります。

 また、もし本当に廃校の危機が迫っているとしても、本来なら恋が背負うべき問題ではないと思います。もし学校の行く末にまで恋が働きかけなければいけないのならば、理事長を含む大人達は仕事をしていないことになります。

 あとは、恋の母は故人だとして、父の方はどうしているのかが不明です。おそらく母と同じく帰らぬ人か、離婚して葉月家から離れているかのどちらかでしょう。『恋ちゃんパパ』という不穏な響きのニックネームが付けられそうですが、ラブライブシリーズの世界で原典ほど暗い事情はないでしょう。

 

 さらに、学校存続の危機といえば今までのラブライブシリーズの作品で2回もやってきたことです。しかも、廃校を阻止できたパターンとできなかったパターンとで2通りの結末が描かれました。もし今作でもその話を描くのなら、流石に引き出しが少ないのではと思ってしまいます。

 それに、過去作の廃校問題は、多かれ少なかれ学校の魅力を描いており、視聴者に『この学校を廃校にさせたくない』と思わせる工夫ができていました。結ヶ丘はというと、新設校を謳いながら音楽科と普通科で序列があり、普通科の設備は音楽科よりも古いという差別を行っています。また、今までの話では部活動の自由が認められないということで留学生が抗議運動を起こしたり、目玉であるはずの音楽科からあっさり普通科に転科した生徒がいたりしました。そのような学校に、少なくとも自分は魅力を感じません。恋は大切な母が遺した学校ということで守らない気持ちがあるのはわかりますが、それに共感しづらくなっているように思います。

 

 第7話の感想はここまでにしておきます。

 

第8話

1.学校の状況について

 第7話は恋の過去が明かされたところで終わりましたが、第8話ではまた新たな事実が明かされます。恋の母は亡くなりましたが、父親の方はどうしているかというと、仕事で海外に行っているらしいです。しかも、恋の母が神宮音楽学校の校舎を買い取って学校を設立することに反対し、家を出て行きました。妻が帰らぬ人になった後は恋と一緒に暮らさないかと声をかけていたものの、恋は日本に残って母の遺志を継ぐと決めました。

 ここでいくつか疑問点が生じますが、第7話で恋は使用人を雇えなくなるくらい困窮していることがわかりました。それでも、父親が離婚して出て行ったにしても、養育費は払われているはずです。まして母を亡くした恋と共に暮らそうと提案してくれるぐらいですから尚更そのことには事欠かないでしょう。にも関わらず、恋の生活が困窮していることについては、彼女がきちんと暮らしていけるだけの資金が提供されていたのかが疑問に思います。なんとか15まで暮らしていけていたにしても、食事や衛生面の面倒を見てくれるであろうメイドさんを雇えないほどならばどの道恋を苦しめているとしか思えません。

 恋の母が亡くなってから日本に帰ってこなかった理由については、大方仕事が忙し過ぎるのか、葉月家に愛想が尽きたかのどちらかでしょう。父親が結ヶ丘設立に反対していたということは、その計画自体がかなり無理のあることだった可能性があります。一応学校法人には地方公共団体からの助成が出ます。しかし、それを加味しても無理のある計画だったとすれば、恋の母の行動も夫の目にはあまりにも無謀な行動に映ったのではないでしょうか。確かに一度廃校になった学校と同じ場所で学校を新しく始めるつもりだったと考えれば、恋の父もさぞかし戸惑ったことでしょう。結局恋の母は学校運営も1人で切り盛りせねばならず、心労も祟ったのか帰らぬ人となりました。

 こうして見ると、葉月家の悲劇の本質は恋の父が出て行ったことにあるとも考えられます。しかし上記の考察と父の行動の背景を考えれば、そもそも結ヶ丘設立自体が悲劇のトリガーになってしまったとも言えます。きつい言い方をすると、高校生の身分で無理をして学校を背負おうとしている恋はその十字架を背負う羽目になっているという見方もできてしまいます。

 そして、第7話で恋が葉月家の現状について『このままでは学校を経営することも難しい(意訳)』と言っていました。この詳しい内容が、『本当に学校が存亡の危機に瀕している』のか、それとも『葉月家が学校経営に携わるのが困難になっている』というだけなのか、最後まで触れられることはありませんでした。理事長は入学希望者の数を知っているはずでしょうが、そのことも詳しく触れられず、焦る恋とは反対に危機感が薄いという印象を受けます。なお、少なくとも『廃校の危機』というわけではなさそうです。流石に新設校が廃校の危機という無理のある設定ではありませんでした。

 大方、お話の中でこれらの設定を上手く活かしきれなかったのでしょう。

 

2.恋とスクールアイドルについて

 第7話では『普通科と音楽科が手を取り合って学校を作る』という公約を反故にしてしまった恋ですが、案の定生徒達からは反発がありました。特に普通科では、本気で彼女を嫌った生徒もいました。第7話の感想でも述べましたが、音楽科よりも人数が多い普通科を冷遇することは政策として悪手です。何より、学校を盛り上げたいという恋本来の目的に反する行いです。しかし、挨拶文を読むのを躊躇うシーンもあり、公約を反故にしたことには理由があるだろうと踏んでいました。結局、その『理由』も明かされませんでした。恋が理事長から聞かされていた入学希望者のことが関係していると思いましたが、1.でも触れた通りそれについても詳しく明かされなかったのでなんとも言えません。恋の家庭のことといい、公約違反の背景といい、未回収の要素が多かったです。そのため、設定を持て余しているように見えました。

 普通科と音楽科にも、7、8話以前から溝はあったのでしょうが、恋の公約違反によって余計に助長されたようにしか見えませんでした。

 

 また、恋はかのん達のスクールアイドル活動にも反対していました。表立って妨害等を行ったわけではないですが、『学園のためには無い方がいい』、『この学園で活動して欲しくない』と存在価値を否定していました。

 一体、どうして恋がそこまで思うのかと言うと、彼女の母のことが背景にありました。恋の母は、かつて神宮音楽学校で『学校アイドル部』として活動していました。スクールアイドルというジャンルが生まれる前のことらしいので、おそらくμ'sの時代よりも前の出来事でしょう。神宮のアイドル部は、学校の廃校の危機を救うために活動していました。しかし、廃校は阻止できず、学校アイドル部の記録も目立って残されることはありませんでした。娘の恋にもそのことを詳しく話しませんでした。

 この一連の出来事から、恋は『母はスクールアイドルをやっていたことを後悔している』と思い込み、かのん達の活動にも文句を言っていました。しかし、エレン・イェーガーの実家よろしく秘密の部屋から見つかった学園の記録をかのんに見せられたとき、それは勘違いだとわかりました。

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 ここで突っ込みどころが生じましたが、そもそも自分の身内の問題や勘違いで他人の活動を辞めさせたがるのは身勝手な行動に見えてしまいます。本当にそれだけでかのん達に文句を言っていたなら、とばっちりも良いところです。あまりにも根拠として弱過ぎるため、かのん達と恋の対立構造を作るために無理して取り入れられた設定であるかのように見えてしまいます。

 恋の行動は、スクスタの三船栞子を彷彿とさせます。栞子も、自分の姉がスクールアイドルにのめり込み過ぎて三船家の立場も約束された将来も失ったと思い込みました。その思い込みから、同好会を廃部にしようとしたり、他人の適性に合った進路を無理に勧めようとしたりしていました。後に明かされた情報では、別に姉はスクールアイドルにのめり込んで苦しんでいる訳でもなく、結局栞子の勘違いだったことがわかりました。「スーパースター!!」は他にもスクスタを意識した描写が度々見られますが、これでは肝心の主要メンバーがスクスタと同じ轍を踏んでしまったようにも見えます、ただし、確かに恋も栞子に通じるものがありますが、栞子と違って実害を出し、その禍根を残している(*1)わけではありません。学校のモブ達も恋に不満を言っている様子が見られ、視聴者のストレスを軽減する工夫はできていました。加えて、恋は最終的に今までの行動を生徒に謝りました。それらを悪びれず、むしろ作中では正しいことにされていた栞子よりは救いがあると思います。視聴者の中には、『栞子は公約“だけ”は守ったけど恋はそれすらしなかった』と栞子以上に恋を厳しく評価する声もありますが、自分はそこまでは思いません。

 

 ちなみに、ここで結ヶ丘の由来についても触れられました。創始者の恋の母は、音楽を通じて人と人が繋がる場所を作りたいと思い、学校を作りました。理事長が入学式の挨拶で『特に音楽科の生徒は』と発言したのも、かつての友の意志を汲み取った発言なのでしょうが、言い方が悪かったと思います。恋も恋で、普通科の生徒がスクールアイドルを始めることに反対していた様子や、2つの科に少なからず溝があったことも大概です。そう思えば、(恋も色々誤解しており、事情を知らない生徒もいたとはいえ)果たして母の遺志は大切にされていたのかという疑問も生じます。

 そもそも、あそこまで用意周到に隠していれば、恋もスクールアイドルが母の黒歴史くらいに思う可能性も出てくるでしょう。「サンシャイン!!」において、音乃木坂学院に何も残していかなかったμ'sを意識した展開だとは思いますが、『そこまでして隠さなくても…』と思う気持ちもありました。

 疑問点や突っ込みどころをあげてもキリがないので、これくらいにしておきます。

 

3.そしてライブへ

 かのん達が全校集会の壇上で恋を説得したことで、恋も自らの行いを生徒に謝り、なんとか自体は丸く収まりました。音楽科と普通科の対立が激化していた割にはあっさり解決したように感じますが、めでたく恋もグループに加入しました。ただし、全校集会で恋の家の事情が明かされたからといって全校生徒が許してくれたような流れはだいぶ話が飛躍したと思います。そして、文化祭のライブに向けて5人は特訓を開始します。

 恋の加入にあたって、恋は『入学希望者、増えるでしょうか』と言っていたことについてまたも引っかかるポイントがありましたが、詳しくはあとがきで触れましょう。

 

 ライブで披露された曲は『wish song』、テレビアニメでは初のフルメンバーでの楽曲です。ここでは特殊エンディングが使われました。アニメの最初のシーズンとしては、贅沢な要素だなと思います。そして、サブタイトルの表示の仕方もとても良かったです。これは演出の賜物でしょう。

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 第8話の感想はここまでです。最後のあとがきで、感想のまとめと余談に入ります。

 

あとがき

 第7話で最後のメンバー・恋の過去が掘り下げられ、第8話でLiella!が揃いました。残り5話だと思われますが、頑張ってほしいです。

 

 色々突っ込みどころを挙げましたが、第8話はトータルでは良い回だと思いました。第7話は雲行きが怪しかった分、第8話がこの作品の評価の明暗を分けると思っていました。蓋を開けてみれば、そこそこカタルシスのある落とし所には持って行けたと思います。また、思った形ではなかったものの、Liella!を通じた2つの科の融和という自分が期待していた方向性の話を描いてくれたことも嬉しかったです。第6話で千砂都が音楽科に残っていればもっと自分好みな展開でしたが、本当にそこは個人の好みの話なのでこれくらいにしておきます。

 ただ、本文にも挙げたように、持て余している要素も多い印象でした。葉月家の経済事情であったり、公約違反の背景であったり、それから葉月家と学校の今の関係などの未回収の要素が目立ちました。現実味のない設定が悪いとは言っていません。むしろ半端に現実味がある分、きちんと回収・解消した方が気持ちよかったのではないかと思います。

 

 最後は余談になりますが、恋が加入したときに言っていた『入学希望者、増えるでしょうか』という台詞についてです。一応、結ヶ丘は廃校の危機に瀕しているというわけではないと思います。しかし、この台詞は少なからず『学校のために頑張らなければいけない』という路線が組み込まれたことの表れに思います。あくまでこれは恋自身の目標だと思います。しかし、スクールアイドルは果たして学校に尽くさなければいけないのかとも思います。これらはμ'sやAqoursが既に通った道です。加えて第8話までの結ヶ丘に守るべき魅力を感じるかと言うと、自分は少なくとも違います。

 音楽科と普通科の間には差別意識があり、花形であるはずの音楽科からはあっさり転科した生徒も出ました。その上葉月家の事情から推理するに、そもそも設立までの経緯自体が恋の身に起こった悲劇のトリガーとなった可能性もあるので尚更です。

 それから、普通科の生徒の中で、『一番結果を出しているのはスクールアイドル部なのに』という発言がありました。他の部活の描写や説明はなされていないのでなんとも言えない部分もありますが、正論でしょう。しかし、スクールアイドル部は普通科の部活です。これでは音楽科の立場がない気がします。

 

 以下は余談の余談になります。

 ラブライブ!」は『友情・努力・勝利』の文法に忠実ながらも、『勝利』にはあまり拘らず、主人公達が頑張ってきた時間に価値があるという落とし所を用意していました。その価値観こそが、個人的に「ラブライブ!」の見ていて面白い部分であり、特有の気持ち良さであったと思っています。同時にそれが多くの人に受け入れられた要素であると思います。決して、廃校を止めるために闘うから、学校のために尽くす話だから受けたとは思っていません。「スーパースター!!」でも、恋の母がその理念を大事にしていた様子がありました。ただし、作品単位で大事にされているのかといえば、少し首を傾げます。

 「スーパースター!!」はシリーズでも史上初の挫折から始まる主人公、全員一年生で新設校が舞台といった『新生ラブライブ!』的な要素を押し出しているように見えただけに、第7、8話の内容から少し肩透かしを喰らった気持ちになりました。ただそれでも、まだ5話残っているので、これから先の展開がどうなるかはわかりません。

 それから、音楽科と普通科で溝がある設定ですが、今のところかのんのキャラ付けにしか役に立っていないように見えます。千砂都があっさり転科したことを思えば、尚更そう見えます。

 今回はここまでにしておきます。それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

*1 優木せつ菜(中川菜々)から生徒会長職を剥奪、その流れもせつ菜への個人攻撃であった。加入後は鐘嵐珠の軍門に下り、彼女に言われるがままに監視委員会を組織、同好会の活動を妨害した。etc…

『ちょっと待て、それで良いのか、結ヶ丘』ラブライブ!スーパースター!!第4〜6話感想

 初めまして。初めてではない方はお久しぶりです。澄田兼鈞と申します。

 今回は「ラブライブ!スーパースター!!」の第4〜6話の感想を書いていきたいと思います。あらかじめ書いておきますが、今回の話には筆者にとって納得し切れていない部分があります。そのことはあとがきに詳しく書いてあります。

 前置きはこれくらいにして、本題に移りたいと思います。

 

目次

 

第4話

 第4話は3人目のメンバーとなる平安名すみれの加入回でした。この回が放送された日は高校野球の試合が雨天で時間が遅れ、その分「スーパースター!!」の放送も遅れることとなりました。

 平安名すみれは幼い頃からショウビジネスの世界で活動しており、様々な番組やイベントに出ていました。いわゆる子役です。しかし、主役級を射止めることがなく脇役続きで、気づけば高校生まで成長しました。今でも自分をスカウトしてくれる人を待つべく、放課後に街の中をうろうろしています。余談ですが、実家は神社をやっており、実家のお守りをつけています。

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 そんな中で、同じ学校でかのん達がスクールアイドルを始めたことを聞いてそれに興味を持ちます。

 

 一方かのん達は…

 第3話のフェスティバルで新人特別賞をもらい、活動が軌道に乗り始めました。理事長からは1位を取れと言われており、それには届かなかったものの良い結果を出しました。そのためか、『部』として扱われないものの『同好会』という形で活動を認められました。お台場の学校は関係ないと思います。かのん達の活動に否定的だった恋も、とりあえず部室の鍵はくれました。何故か2つ鍵を渡しましたが、何か理由があるのでしょうか。また、部室には『学校アイドル部』と書かれたプレートがあります。これも次回以降への伏線でしょうか。

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 同好会発足を前に『私達も歌で学校の力になりたい』と言うかのん。しかし恋は『スクールアイドル以外の活動なら応援します』と、未だに冷ややかな態度で接します。当然かのんはそれを受け入れるはずがありません。恋は理事長がかのん達の練習場所として屋上を解放したことを疑問に思い、理事長を問い詰めました。すると理事長は、『努力しようとする者からその場所を奪うのが良いことだと思いません』と諫め、恋の母もそう言うだろうと宥めました。


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 第1〜3話の記事でも書きましたが、ラブライブシリーズではその様な事態が直近で起こった事例としてスクスタのメインストーリーでの出来事がありました。こちらは新キャラが上手く機能している部活動の廃部を図ったり、秘密警察じみた組織をけしかけて活動を妨害するといったことがありました。第2話でもスクスタの展開を皮肉みたいな描写がありましたが、4話でもその様なことを繰り返したということはやはりはっきりとした理由があるのでしょう。第1〜3話の記事でも書きましたが、これらの台詞回しはおそらくラブライブは不正や理不尽が許される作品ではない』という意思表示の可能性が考えられます。恋の言動にはスクスタの三船栞子や鐘嵐珠の所業の片鱗が見られますが、主人公サイドが恋にきちんと反論したり、理事長などの周囲の大人が彼女を諌めたりしています。これにより視聴者のストレスを減らす工夫もなされています。そのため恋の考えも『闘うべき悪意』ではなく、あくまで個人の好き嫌いの範疇に収まっていると思います。逆に言えば、スクスタの栞子達に足りなかったものは横暴を指摘し諌める人物や、和解までのテンポの良さであったとわかります。ただし、栞子達ほどではないにせよ、視聴者達からヘイトを買う期間が長く続けば、それを解消するハードルも高くなるので注意が必要です。筆者も恋の態度にはスクスタの栞子達程ではないにせよ、ストレスを感じないことはありません。

 

 話をすみれに戻しましょう。スクーアイドルに興味を持ったすみれは、かのん達に入部希望を出します。子役として活動していただけあって、パフォーマンスのレベルはすぐにかのんと可可に並びました。しばらくしてすみれは『アイドルにはセンターが必要だろう』という話を2人に持ちかけ、その後に学校でセンター選挙を行いました。このときのすみれには『あわよくば自分がセンターに』という野心がありました。しかし同時に、マチュアであるスクーアイドルの世界なら自分もセンターを楽に取れるだろうという安易な考えもありました。

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 投票の結果はかのんの圧勝。すみれの野心は叶いませんでした。かのんは第1話の冒頭でも歌で多くの人を魅了していたため、人を惹きつける素質があることは十分頷けます。センターになれないことが不満なすみれはかのん達の元から出て行ってしまいました。すみれがセンターにこだわる理由を知りたいかのんは、ある日彼女の後についていき、スカウトを待ち侘びてうろうろするすみれを目撃しました。そして尾行がバレて捕まりました。

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 かのんはすみれから自分の過去と心境を教えてもらいました。そしてすみれ自身は『自分はそういう星の下に生まれた』と言っていました。さらに、スクールアイドルについては自分も楽にセンターを取れると安易な考えをしていたことも話しました。ここまでの描写ですみれの人柄は、『実力はあるが人を惹きつけるカリスマ性がない』というものだとわかります。かのんは一連の流れを可可と千砂都にも話しました。スクーアイドルへの情熱が激しい可可はすみれの考えに対し『スクールアイドルに対する侮辱であり冒涜』と怒りを露わにします。可可からの叱りを受けたすみれは再び街の中へと駆けて行きました。そこのモニターに映っていたかのんと可可の映像の真似をしていたところをかのんに見つかり、彼女から『スカウト』を受けます。かのんはすみれが毎日街中を歩いていたのは『あきらめない気持ち』があったからだと見抜き、『センターが欲しかったら奪いに来てよ』と加入を促します。

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 プロ意識の高いすみれを勧誘するには最適な台詞であり、かつては自分に自信が持てなかったかのんの成長を感じさせる台詞でもあります。また、『あきらめない気持ち』を胸にスクールアイドル活動を軌道に乗せたかのんが、同じく『あきらめ切れない気持ち』を抱えるすみれの背中を押すという構図も見事です。こうして、晴れてすみれがグループに加入し、まずは普通科の3人が揃いました。

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 第4話の話の流れは『実力があっても望んだ通りの場所で活躍出来るとは限らない、ならば別のフィールドで闘うのも戦略だがそこでもやはり競争が伴う』という芸事の厳しい世界を描いていました。しかしこれはラブライブ。その様にシビアな要素に触れつつも、『持たざる者も輝けるのがスクールアイドルの良いところだ』という希望を持てる展開にも繋げられていると思います。過去作でも高海千歌天王寺璃奈がそれを体現していました。

 

第5話

 平安名すみれを無事迎え入れたかのん達に、暑い夏が訪れます。しかし、その暑さが激しいため屋上は練習できる状況ではなく、室内は冷房がないため練習に身が入りません。

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 ここで結ヶ丘の状況について触れておこうと思います。普通科と音楽科の間に格差や溝があることは前回の記事でも触れました。それは生徒達に用意された環境にも表れており、普通科は結ヶ丘の前身である神宮音楽学校の旧校舎、音楽科は綺麗な新校舎で過ごしています。葉月恋の発言や理事長挨拶の内容からして音楽科が優遇されている様子はなんとなくわかりますが、学習環境でも大きく差がつけられていました。では普通科は何のために存在するのかと言われると、おそらく音楽科の入試に落ちた生徒の受け皿や、(学費などを通した)資金調達のためなのでしょう。事実すみれも『ここは音楽科だけが特別みたいな学校だ』と評しています。よりによってその音楽科に属している千砂都の前でそのようなことを言ったことに関しては発言内容に気をつけた方が良いと思えなくもないですが、結ヶ丘の普通科は同じようなストレスを抱えている生徒も少なくないのでしょう。

 一応新設校という設定ですが、新設校らしい風通しの良さのようなものは今のところ見当たりません。

 

 話を本編に戻します。

 かのんの幼馴染の千砂都は、ダンスの都大会に参加してみないかという誘いがありました。しかし、かのん達のダンスコーチをやっていることもあってか、『少し考えさせてください』と一旦その予定を保留にしました。

 かのん達はというと、グループが次のステップに進むための会議をかのんの実家の店で開いていました。すると、ある2人組が訪れました。サニーパッションの2人です。f:id:kanehitoSUMIDA:20210828172548j:image

 第3話の代々木のライブで、かのん達のことを注目しており、その視察をしに来ました。どのようにしてかのんの実家を特定したかは怪しまれそうですが、かのんの仲間である可可は憧れの存在を前に興奮を抑えきれない気持ちが先走っていました。また、かのん達は2人に故郷の神津島で行われるライブに誘われました。とにかく活躍の場が欲しい3人は喜んで承諾しました。

 喫茶店を後にしたかのん達は、サニーパッションの2人とともにすみれの実家の神社で練習をしました。ダンスコーチとしてかのん達の練習に付き合っている千砂都も同行し、サニーパッションの2人にもそのことを明かしました。しかし練習では、かのんから『ちぃちゃんはここで待ってて』と距離を感じさせるやりとりもありました。練習に行く前も、『この3人が練習できる場所』と言っており、千砂都はかのん達にとっては完全にコーチ扱いなことがわかります。かのんと千砂都の会話は、幼馴染の間柄にしては冷たさを感じるやりとりにすら見えます。かのんは千砂都を仲間外れにする悪意はありません。それどころか、第2話でもあったように、かのんは千砂都の本文であるダンスを尊重してとても気を遣っています。だからこそ千砂都も、そのことにしんどさを感じているのだと思います。

 練習の後に千砂都はサニーパッションの2人についていき、かのん達の様子について2人の意見を聞いてみました。2人によれば、『かのん達は歌やダンスのレベルは高いが、“自分で動いている”感じがしない』、『特にダンスはその傾向が強い』とのことでした。それ故に『今のラブライブ大会に勝つのは難しい』とのコメントもありました。そのことを聞いた千砂都はかのん達とは別行動をとることを決意します。

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 神津島に着いたかのん達は、サニーパッションの2人の意向もあってとにかく島を楽しんでいました。これにより、神津島ラブライブシリーズの聖地になったといえるでしょう。海辺の地域で合宿的なことを行う展開は、無印一期の第10話や「ラブライブ!サンシャイン!!」を連想します。

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 かのんはというと、作詞のことで悩んでいました。新曲は千砂都のことも歌いたいと思っていましたが、かのんにとって千砂都がどういう存在なのかがはっきりしない様子でした。

 かのんは可可に千砂都との幼き日の思い出を語ります。歌のセンスがあるかのんに対し、『自分はかのんにできないことをやる』としてダンスを始めたそうです。そのこともあって、千砂都はダンスに本気で取り組んでいます。かのんの方も、そんな千砂都の本気を知っているからこそ、過剰に気を遣っていつの間にか見えない距離ができてしまったと思います。

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 一方、かのん達と別行動を取った千砂都はというと、個別にダンスの練習に励んでいました。しかし、彼女の鞄からは何やら不穏な文字が書いてある紙がはみ出ていました。

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第6話

 第6話では、千砂都とかのんの過去が語られました。千砂都は小さい頃、他の子供にいじめられていました。「ラブライブ!」シリーズではモブキャラも含むて殆ど女性しか登場しませんが、ここでもそうでした。しかし、このいじめのシーンは女児のいじめよりもどちらかと言えば男児のいじめに近い雰囲気に思えました。そこはまだ本当に小さい子の喧嘩なのでそのような描かれ方をしても良いのかもしれません。年齢が高い子供のいじめはこれよりもずっと陰湿なものになります。

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 そんな千砂都のことを助けてくれたのが、我らが主人公澁谷かのんでした。間違いなく千砂都にとって、かのんはヒーローであったと言えるでしょう。だからこそ、このときから千砂都は、自分がかのんの隣に立てるくらい強くなろうと決心し、かのんの歌に対して自分はダンスの道を志しました。

 

 時間は現代に戻り、かのん達は神津島のライブに向けての準備をしていました。そこでかのん達は、サニーパッションの2人がスクールアイドルをやる背景について話を聞いていました。サニーパッションの2人は、故郷の神津島を盛り上げるためにスクールアイドルを始めました。そのため、学校のみんなも彼女達に協力してくれています。かのんは『スクールアイドルに反対する者さえいる自分の学校とは反対』と受け取りました。しかし、その話を聞いて、自分も誰かのために歌いたいと思う気持ちがかのんにも芽生え始めたみたいです。こうしてライバルの掘り下げも深く行われていることは、過去作よりも主役組の人数を減らした甲斐があった部分だと思います。また、LINEのシーンで「ゆるキャン△」を思わせる演出があったのも面白かったです。


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 一方、結ヶ丘にいる千砂都はというと、ダンスの練習中に恋と鉢合わせします。余談ですが、恋は音楽科でバレエをやっている様子が見られました。千砂都は隠し持っていた退学届を恋に見られてしまいます。何故そんなものを持っているのかと聞かれると、『ダンスの都大会で優勝できなければ学校を辞めてダンスの修行をする』、『かのんの隣に立つために自分1人でダンスで強くならなければならない』という胸の内を打ち明けます。このときは恋の抜けている一面や優しさも見られたところがポイントでした。

 

 場所は神津島へ戻り、かのん達はライブの準備をしていました。千砂都と連絡をとっていたかのんは、ある決断をします。

 結ヶ丘に残った千砂都は、いよいよ大会本番を迎えました。そこで、思わぬ人物が自分のもとにやってきました。

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 幼馴染のかのんです。このとき神津島にいたかのんが何の交通手段を用いて戻ってきたのか、そもそもライブに間に合うスケジュール調整ができていたのかということが気になりますが、かのん達の島での滞在時間がどれくらいの見積もりであったかにもよるでしょう。かのんは電話で千砂都の様子がおかしいことを察知し、心配で彼女の応援に来ました。そして、千砂都の不安を受け止め、『いってらっしゃい』と背中を押しました。このときまた、かのんの主人公ぶりに磨きがかかりました。千砂都も『待っててね』と自分の闘いに臨みました。

 

 ダンスの大会が終わった千砂都は、そのままかのん達のグループに加入し、共に神津島へ向かいました。個人的には千砂都の加入にもう一悶着あるかと思っていたのと、ダンス大会をやり切ったからといって千砂都が加入する意志を固める描写が見られなかっただけに、彼女の加入が駆け足に感じました。それはともかく、サニーパッションのターンが終わった後、クライマックスのライブシーンに移ります。

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 披露された楽曲は『常夏サンシャイン』。神津島の自然や、そこでのサニーパッションとの絡みにインスパイアされた楽曲だと思います。それに相応しい明るい曲調でした。タイトルにシリーズ2代目の作品と同じワードが入っているのは偶然でしょうか。

 そして、千砂都のダンス大会ですが、結果は優勝でした。さらに、千砂都は大会優勝を気に普通科に転科することを決めました。

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 学科選択自体は、その人の人生を左右し得るポイントだと思います。転科はつまるところ、人生の方針転換にも繋がる出来事だと思います。しかし、転科の流れは理事長が転科届けを見ただけで済まされていました。この転科について自分は思うところがありますが、詳しくはあとがきで書こうと思います。

 

あとがき

 「スーパースター!!」第4〜6話は、過去作を連想する要素が多かったと思います。第4話のすみれとかのんの『センターを奪いに来てよ』というやりとりは、『仲間でライバル』という虹ヶ咲の格言を思い出します。第5,6話の神津島でのライブやライバルグループとの深い絡みは、「サンシャイン!!」でも見られた要素を踏襲しているように見えます。これらの要素を踏まえれば、「スーパースター!!」はラブライブシリーズのアニメを総決算しつつ、新しいことに挑戦する作品であるようにも見えます。

 

あとがき②

 以下は批判的な表現が含まれます。苦手な方は注意です。

 

 第6話のオチについてですが、筆者は納得していない部分があります。

 千砂都はかのん達のグループに加入するにあたって音楽科から普通科に転科しました。 千砂都にとっては、ダンスで満足のいく結果を出せた、つまりはかのんの隣に立てるくらい強くなれたということなので、おそらくダンスに未練はないのでしょう。故に、音楽科に居続ける理由もなくなったのだと思います。しかし、学科選択というものは部活動を決めることとは違い、その人の人生を左右し得る選択のはずです。まして千砂都のダンスの実力を考えれば、普通科への転科は将来の可能性を狭めかねない選択であるといえます。第6話の台詞の通りに考えれば、千砂都はそれをかのんありきの理由で決めており、用が済んだらあっさり足を洗ったと受け取れます。それが千砂都の決めたことなら彼女の意志は尊重はしますが、共感することは難しいです。

 そもそも、グループへの加入に当たって転科を決める際の千砂都の心情が掘り下げられていませんでした。それも尚更引っかかりました。

 

 続いて、千砂都が転科したことで今後の展開に思うところがあったので、それについても述べます。そもそもスクールアイドルは音楽科から普通科に転科しなければできなかったのでしょうか。千砂都の意志を考えない話ではありますが、彼女が音楽科を続けた状態でスクールアイドルを始めれば、グループ全体のスキルアップに繋げることもできたのではないかと思います。千砂都のダンスについてはサニーパッションの2人も高く評価しているだけに、もったいないと思いました。また、サンシャインや虹ヶ咲といった過去作で『向かう先は違っていても想いは一つ』という展開を見てきただけに、それと比べてしまう気持ちもありました。何より、千砂都は幼少期から高校までの長い間ダンスを続けていて、都大会でも優勝を収めました。そこまでダンスに熱意を持ちながら、かのんのことを抜きにしたダンスに対する思い入れや愛着はなかったのかも疑問に思いました。

 例えば結ヶ丘の音楽科は部活動ができないくらい多忙である、あるいは音楽科の生徒は普通科の部活に入れないという理由があれば納得しますが、今のところそのような描写はありません。あったとしても、どの道結ヶ丘は碌な学校ではないと思うでしょう。(でもスクスタの虹ヶ咲よりはマシ)

 

 それから、千砂都が加入と同時に転科したことを考えれば、後に加入する葉月恋も普通科に移ることが予想されます。

 あくまで個人的な好みの話ですが、「スーパースター!!」は普通科の3人と音楽科の2人がLiella!内で共存する様子を通して普通科と音楽科の融和を描くものだと思っていました。結ヶ丘の2つの科の間で待遇の差や序列があることも、やがてLiella!がそのようにして普通科と音楽科の架け橋となる展開の前振りだと思っていました。もっと言えば、そういう展開を描くことによって『やりたいことをやるのに立場の違いや才能は関係ない』という落とし所を用意しているものだと読んでいました。今現在の展開になった以上、結ヶ丘の理不尽な校風は何のために用意された設定なのかがわからなくなりました。だからこそ、千砂都の転科は筆者が期待していた流れから外れるものであり、それだけに白けてしまいました。おそらく「スーパースター!!」はかのん達が底辺の立場(≒普通科)から駆け上がる『革命モノ』のような話をやりたかったのだとこの際は思うことにします。

 ここまでの話では、筆者が単にこの物語を誤読して早とちりをしていたのか、あるいは作品側が本当に裏切ったのかはわからないです。それにしても、普通科と音楽科は戦うことでしかわかり合えないのでしょうか。

 しかし、これから先の話がどうなるかはわかりません。それ故に、今ここで「スーパースター!!」はつまらないと評価を下すつもりもありません。

 

 最後は愚痴のようになってしまいましたが、ここまでが「スーパースター!!」の第4〜6話の感想になります。

 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。